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札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)70号 判決

原告 下村耕三

被告 日進貿易株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

被告は原告に対し金一一二万五〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年二月六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え、

訴訟費用は被告の負担とする、

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

1  被告は北海道穀物商品取引所の取引員である。

2  原告は被告会社札幌支店の外務員本間富太郎から穀物取引の勧誘を受け、被告に対し穀物取引の委託証拠金として、昭和四三年七月八日五二万五〇〇〇円、同年八月七日三〇万円、同月一二日二〇万円、同月一九日一〇万円の合計一一二万五〇〇〇円を預託した。

3  よつて被告に対し右預託金合計一一二万五〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四四年二月六日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

請求原因事実は認める。

三  被告の抗弁

1  原告は昭和四三年七月八日から同年八月二一日までの間被告に対し別表第一記載のとおり小豆および大手亡の売買委託をし、被告は右委託に基づき北海道穀物商品取引所を通じて別表第一記載のとおり売付けまたは買付けをした。

2  その結果、右取引所の理事会において定めた料率による委託手数料をさしひくと、各取組における原告の差引損益および差引残高勘定は別表第二記載のとおりとなり、被告は同年七月三一日および八月三一日にそれぞれ別表第二記載のとおり証拠金を損金に充当決済した。

3  したがつて原告に対する預託金返還義務は存在しない。

四  抗弁に対する原告の答弁

原告が被告に対し売買の委託をしたとの主張は全部否認する。

商品取引所法九六条一項によれば、商品取引員は商品市場における売買取引の委託については取引所の定める受託契約準則によらなければならないものとされ、北海道穀物商品取引所が定めた受託契約準則はその三条において商品取引員が委託者から売買取引の委託を受けるときはそのつど商品の種類、限月、売付けまたは買付けの区別、新規または仕切の区別、数量、成行または指値の区別・指値のときはその値段、売買を行なう日・場および節または委託注文の有効期限につき指示を受けなければならないと定め、また同準則一八条は商品取引員が準則三条に定められた事項の全部または一部について顧客の指示を受けることを禁止している。したがつて被告が準則に違反して原告の委託を受けずにした各取引は無効であつて、その結果を原告に帰せしめることはできない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで被告の抗弁について判断する。

1  被告が明らかに争わないので原告主張の如き録音テープであるとみなされる甲五号証、成立に争いない乙一、二号証、証人加藤正志の証言によつて成立を認めうる乙三号証、証人本間富太郎の証言によつて成立を認めうる乙五号証の一、弁論の全趣旨によつて成立を認めうる乙六号証の一、成立に争いない乙九号証の一、証人本間富太郎、同石井健の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告が被告に対し別表第一の(イ)の各売買委託をし(ただしいずれも値段は成行き)、被告はこれに基づき同表(イ)記載のとおり買付けおよび売付をしたこと、その結果原告は被告に対し同表(イ)に記載のとおりの委託手数料支払義務を負い、売買差損金とあわせて四六万五〇〇〇円の損失となつたこと、この損金等について被告は昭和四三年七月三一日に委託証拠金を振替決済した結果残委託証拠金は六万円となつたことをそれぞれ認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  前掲乙三号証、弁論の全趣旨によつて成立を認めうる乙六号証の二、証人本間富太郎の証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は同年八月五日頃被告の外務員本間富太郎ほか一名から再度の商品取引の勧誘を受け、残資金六〇万円程度の範囲内で再度相場を張ることを承諾し、その手始めとして被告に対し別表第一(ロ)の成行き買い委託をし、被告はこれに基づき同表(ロ)記載のとおり買付けをした事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(この建玉の証拠金として同月七日三〇万円が被告に預託された結果、右1の六万円とあわせて証拠金に不足はなかつた。)

3  前掲乙三号証、弁論の全趣旨によつて成立を認めうる乙六号証の三、証人本間富太郎、同石井健の各証言を総合すれば、原告は同年八月一〇日被告に対し別表第一(ハ)の成行買い委託をし、被告はこれに基づき同表(ハ)記載のとおり買付けをした事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(この買建てにより新たに証拠金三六万円の納入が必要となつたが、原告は同月一二日に二〇万円を被告に預託したほか、一五万円を後日追加納入する旨を約している。)

4  被告は原告が昭和四三年八月一三日別表第一(ロ)の売落ちおよび同(ニ)の売建てを委託し被告はこれに基づき右各売付けをしたと主張するのでこの点について判断するに、成立に争いない甲二号証の一、二、被告が明らかに争わないのでいずれも原告主張の如き録音テープであるとみなされる甲三ないし五号証、前掲乙三号証、証人本間富太郎の証言によつて成立を認めうる乙五号証の二、三および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は昭和四三年八月一二日から一七日までおよび同月一九日から三一日までの間それぞれ滝川市に出張したが、その不在の間、玉の操作については被告の外務員本間富太郎に一任していたこと、そこで本間はその一存で被告に対し別表第一(ロ)(ニ)の各売注文を発し(いわゆるドテン売り)、被告は別表第一(ロ)および(ニ)のとおり各売付けをした事実が認められ、証人本間富太郎の証言中原告から電話による売注文があつた旨の部分および原告本人尋問の結果中本間に対して売買を一任したことはない旨の部分はいずれも前掲甲三ないし五号証に照らすと信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、原告は右売買の委託を否認して争うのであるが、その趣旨は仮に右認定の如き売買の包括的委託がなされたとしてもかかる一任売買ないし売買の包括的委託が商品取引所法に基づいて定められた北海道穀物商品取引所受託契約準則に違反し無効であるというにあると解されるので、この点について考える。

昭和四二年法律九七号による改正後の商品取引所法九四条一項三号は商品取引員が商品市場における売買取引につき価格・数量その他主務省令で定める事項について顧客の指示を受けないで委託を受けることを禁止し、同法施行規則七条の二は右の事項を商品の種類、売買取引の決済の期限、売付けまたは買付けの別、新たな売付けもしくは買付けまたは転売もしくは買戻しの別、売買取引する日時または委任契約の有効期間と定めており、また成立に争いない甲一号証によれば商品取引所法九六条に基づいて定められた北海道穀物商品取引所受託契約準則(昭和四三年一月改正後のもの)三条は、取引員が委託者から売買取引の委託を受けるときは、そのつど、前記法九四条一項三号および施行規則七条の二に定める事項および成行きまたは指値の区別について指示を受けなければならないと定め、また準則一八条は取引員が準則三条に掲げる事項の全部または一部について顧客の指示を受けずに委託を受けることを禁止している事実が認められ、いわゆる一任売買ないし売買の包括的委託がこれら法、施行規則および受託契約準則に触れることは明らかであるが、いわゆる受託契約準則は取引員と顧客との関係では普通契約約款としての意味をもつにすぎず、当事者は合意によつて準則の適用を排除することができるから、いわゆる一任売買ないし売買の包括的委託の取引員顧客間の私法上の効力の問題は、もつぱら商品取引所法の規定の立場から考慮すべきものである。

ところで、商品取引所法は「商品取引所の組織、商品市場における売買取引の管理等について定め、その健全な運営を確保することにより、商品の価格の形成及び売買その他の取引を公正にするとともに、商品の生産及び流通を円滑にし、もつて国民経済の適切な運営に資することを目的と」(一条)し、公益を主目的とする強行法規であつて私人がその適用を免れることのできないものであることは明らかであるが、そうとしても同法の規定に違反する行為の私法上の効力が例外なく否定されるものでないことはいうまでもない。しかして一任売買を禁ずる同法九四条一項三号の法意は、市場価格の公正な形成を主眼とするとともに、同条一項一号および四号の規定などに徴すると副次的に委託者の保護をも目的とすると解されるけれども(価格の公正な形成を害すべき行為については同法八八条、一五二条によつて重い刑罰が課せられるのに対し、同法九四条一項三号違反の行為は刑罰や行政罰の対象とされていないことをみよ。)、包括的委託に基づく売買であつても取引員が呑み行為をしないで市場で売付けまたは買付けをする限り需給関係は市場に正当に反映され(建玉の数量は委託証拠金の数額によつて自ずから制限される。)、価格の公正な形成を害するおそれは少ないし、委託者の保護についてみても、取引員がことさら委託者の利益を害するような売買をするのでない限り売買の結果が委託者の利益を害するかどうかは結果論にしかすぎず(仮に売買の結果が損計算となつてもそれは商品の売買によつて生ずるものであつて売買の一任によつて生ずるものではない。)、また取引員がことさら委託者の利益を害するような売買をした場合には委託の趣旨に反する債務の履行による損害賠償請求の問題として損害は補填されるから、包括的委託の私法上の効力を否定しなければ法九四条一項三号の立法趣旨が遂げられないとは解することができないのである。

また本件において原告は被告の登録外務員本間富太郎に対して売買を一任したものであるところ、かかる外務員に商品取引所における売買の受託に関し取引員の代理権があるとすれば(商品取引所法は外務員に取引員の代理人たる地位を予定していないが)、本間の一任売買受託に基づく個別売買委託行為は民法一〇八条の双方代理に該当するが、同条に触れる行為も本人の許諾があれば有効であり、原告は双方代理にあたることを承知のうえで包括的委託をしたわけであるから、民法一〇八条によつてかかる委託を無効視するのも当らない。

さらに、一任売買は顧客が労せずに利を図るものであつて、射倖性の点で健全な道徳観念に副わない点がないではないが、これを無効としなければならないほどの反倫理性があるとも思われない。

しからば、前認定の原告の本間に対する売買の包括的委託およびこれに基づく本間の売買の注文はいずれも有効であつて、原告はその結果について責任を負うべき筋合のものである。

5  前掲甲三ないし五号証、同乙三号証、証人本間富太郎の証言によつて成立を認めうる乙五号証の四ないし七および六号証の四ないし七、証人本間富太郎の証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すれば、前記の如く原告から売買の一任を受けていた被告の外務員本間富太郎は被告に対し別表第一(ハ)(ニ)の売落ち、(ホ)の買建ておよび売落ち、(ヘ)(ト)の各売建ておよび買落ちを委託し、被告はこれに基づき別表第一(ハ)(ニ)の各売付け、(ホ)(ヘ)(ト)の各売買をした事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中売買の包括的委託を否定する部分および証人本間富太郎の証言中右各売買につき原告から個別の委託があつたとする部分はいずれも信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

6  以上の1ないし5の各売買の結果、被告の委託手数料を差し引いての差損益は別表第二のとおりであつて、前掲乙三号証によれば被告は同年八月三一日原告の委託証拠金残額全部を右差損金に充当した結果、原告の被告に対する預託金は全額消滅した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  しからば被告の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 稲守孝夫)

別表第一〈省略〉

別表第二〈省略〉

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